大塚千津子フラメンコ舞踊アカデミア
プロフィールアカデミア概要舞踏団・研究生フォトギャラリー
レッスンスケジュール掲示板リンクサイトマッププラザエビータご質問
プラザエビータ
en el CAFE
  「en el CAFE」 は、アカデミアにゆかりのある皆様、「えっ!?」という意外な人、
アカデミアの生徒など、多種多様な方々に登場していただくページです。
ゲストの方にカフェでお茶を飲みながらおしゃべりしている気分で気軽にコラムを書いて頂きます。
今回のゲストは...。

VOL18.  ペーニャを終えて 〜舞踏る私とめぐる想い〜                      掲載日:2008.03.02

            
      土曜中級クラス    小林京子

   もともと人前で何かをするのが苦手な私は仕事が忙しいことを口実に、
この数年ペーニャに出演することを 避けてきました。
しかし、前回のペーニャで同じクラスのメンバーが生き生きと踊っているのを客席から見ながら、
「私も一緒にあの舞台で踊りたい」と思ったことが忘れられず、今回は迷わず参加の申し込みをさせて頂きました。

 ただ、5月の発表会後に取り組み始めたアレグリアスでの参加を決めたまでは良かったものの、
その時点で振付けは全体の1/3も完成しておらず、そこから先生による有難くも厳しい怒涛の振付ラッシュが始まりました。
前回のレッスンの内容を消化しきれないまま、次から次へと新たな振りを覚えなくてはならず、
時に半ベソをかき、また時には(あろうことか)ふてくされてしまうこともありましたが、
先生の叱咤、アシストについて下さった未華さんのサポート、
またクラスのメンバーの協力により何とか最後まで辿りつくことができました。
 私は「アカデミアでなければ、中でもこの土曜中級クラスでなければフラメンコを続けてこられなかったのでは?」
と思うことが度々あります。
もちろん、他の皆さんもご自身のクラスに対して同じような思いをお持ちだとは承知していますが、
どんな時でも互いに助け合うことを惜しまず、つらい気持ちや悔しい思いも分かち合い、
最後には楽しいとさえ思えるようにしてくれる、そんなみんなと一緒だからこそ踊ることが好きになれたように思います。

 肝心の本番はどうだったのかと言うと、正直、今回は教えて頂いた振りをこなすことで精一杯でした。
ですが、最後のブレリアに入った瞬間の高揚感や一体感は今でも忘れられません。
未熟な私たちに表現できるものはまだまだ少ないと思いますが、
あの瞬間だけでも見て下さっていた方々に何かを感じて頂けていたら嬉しく思います。

 最後に大塚先生を始め、キャストの皆様、暖かく見守って下さった諸先輩方やご来場下さった皆々様に感謝申し上げます。
今回、ペーニャに参加させて頂いたことで、改めて自分にとってフラメンコがどれだけ大切かということに気づくことが出来ました。
課題は恐ろしく山積みですが、これからも稽古に励み、感性を磨く努力をしつつ、この感謝の思いを踊りで伝えられるようになれればと考えています。  ありがとうございました。


    「ペーニャを終えて」      チコクラス  鈴木徹雄

久しぶりに「石畳道場」へ行って練習した。
ペーニャの本番近くになってからスタジオでの練習が多くなり
なかなか通えなかったが、久しぶりに訪れた。

思うに1年前、発表会の練習でアレグリを踊り始めた時、
きっとペーニャでソロを踊ることになるだろうと言う予感があった。
それから1年間欠かさずアレグリを踊り続けてきた訳だから
1曲通しで100回は軽く超えている勘定になる。
どんなに物覚えが悪くてもこれだけやれば体が覚えてしまう。

今回のペーニャで僕の最大の収穫は、弛まず練習し続けてきた事である。
この1年間欠かさず練習し続ける事ができた。
それは踊りがうまくなったかどうかと言う事とはべつに、僕にとっては
大きな収穫だった。

三日坊主という言葉がある。飽きっぽい性格だとある人は言う。
それは性格ではなく、未熟さなのだと僕は考えている。
僕にとって継続は人間の成熟度を測るバロメーターなのだ。

心は動きまわる。その時々の欲望につられ変化する。
僕はこの「動く心」をマインドと呼んでいるが、その本性は動く事にあ
る。ちょうど自転車が止まると転ぶように、マインドは止まると死ぬの
だ。だからそれは次々に興味を変え動き回るように運命付けられている。
普通、人の人生はこのマインドとともにあり、右に左に動きまわる事を
強いられている。動いていると何か前進していると勘違いするが、ほと
んどの場合それはどうどうめぐりとなり、それゆえ何一つ成し遂げられ
ないのだ。

このどうどう巡りから抜け出そうと思う所から、道を求める事が始まる。
つまり道とはこの動き続けるマインドの制御という道のことだ。
第一歩は集中から始まる。ブレずに思いを保ち続ける事。
思いを束ねて意志とし、意志を鍛えて信念とし、それを貫く。
その修練の積み重ねによって人は徐々に成長していく、成熟していく。
ひとつのことをやり遂げる事が出来るのが成熟した人間の証だと僕は思っ
ている。


この1年間、週に2回の練習をやり続けてきた。
最初にやると決めてやり続ける事ができたのは僕にとって大いなる収穫
だった。
やると決めたら今やりたいかと問うてはならない。マインドは何か理由
をつけてやめたがるものだ。答えはすでに出したのだから2度問うべきで
はない。逃げたい心をそっと置き去りにして、後はやるだけ。

僕の練習は公園の片隅にある「石畳道場」と名づけた一角だ。
黄昏時からはじめて終わるころは真っ暗になる。
いつも晴れているとは限らない。
僕は雨が降っても問答無用、雨のなかで踊る。
夜の雨の公園で一人踊り狂うことが出来る奴はそうはおるまい。
でも僕は不思議となんの抵抗もなく出来てしまうのだ。

フラメンコを始める前、僕は目を閉じて踊ってきた。
それは踊りとしてではなくディヤン(瞑想)としてなのだが。
踊ると言う行為は実はとても瞑想的な行為なのだ。
「ダービッシュダンス」と言うダンスがある。日本語に直すと
「旋回托鉢僧の踊り」となるが30分以上グルグルひたすら廻り続ける踊りだ。
すぐに目がまわりそうだが、さにあらず。
センタリングと言って自分の中心に根ざせば、メリーゴーランドとなり
周りが動いて自分は微動駄にしないと言う境地に入る。
一度経験すると癖になるほど気持ちが良いが、チョット心が動くとたち
まち地獄となる。

実は僕の踊りの原点はここにあるので、狂気と思えることも意外と平気
なのかも知れない。
雨の日に踊ってみると誰も来る心配がないので、結構乗れたりする。
一応カッパは着るが、汗をかくのでどうせ濡れるのだ。

今日は晴れていた。練習を終えて帰る頃、東の空には満月が光々と照っ
ていた。誰も見てはいないが、この月は僕の一年を見届けてくれたに違
いない。寒風のなか虚空の高みから月は道を照らしてくれていた。




   「ペーニャを終えて思うこと」     研究生クラス  森 笑子

  今回は、舞踊団研究生になって初めての舞台として、大先輩たちが踊ってきた
「ソロンゴ・ヒターノ」を躍らせていただき、正直ずっと大きなプレッシャーを背負っていました。
同じようにできるはずはなくとも、少しでも近づけるように、
また観てくださる方にとっての曲のイメージが損なわれぬよう、踊り継がれている気持ちが
伝えられるようにお稽古を重ねてきました。
色々と細かい指導を受ける中で、自分が今までいかに体を使ってなかったか、足があがってなかったか、
カベサが入ってないか、軸がなかったか、ノリが出せないのはどうしてよ・・・・?
と数えだすときりがありませんが、とにかく目からうろこの日々でした。
また、踊りには人生そのものが映し出されるということも周囲ではテーマになってましたよね。
アンテナを張って、いろんなことに敏感でいることって、踊りにとっても大切なんだと。
一朝一夕にはいかないですが、これからの日々に活かしたいです。

 ペーニャ前には、先生と舞踊団の皆さんが出演したアルハンブラや、
チアキさんのエルフラ出演があり、大いに刺激を受ける舞台を
見ることができたことは本当に良かったです。
そのお陰もあって、モチベーション高くお稽古に励めましたが、終わってみると、自分がどう踊りたかったか、
どう見せたかったかが、あいまいだったと反省しています。
もっと多くの曲を聞き、多くのバイレを見て、
今後は自分がなりたい像をより具体的に強くイメージして作りこみたいです。

 本番は、客席からの、レジ横(笑)からの、また舞台上での大きなハレオや暖かい気持ちの後押しがあり、
一番気持ちよく前を向いて踊れました。
課題はもちろん膨大ですが、次に活かしていくしかないですよね。
過去は変えられないし、未来はどうなるか分からないし、
とにかく「今」できることを必死にやるのみだと改めて感じる今日この頃です。

 最後になりましたが、ご指導いただいた大塚先生、オカトモさん、
一生懸命パルマとハレオをかけてくれた真理子さん、未華さん、多くの先輩方、そして一緒に舞台に立てた
啓子ちゃん、由香ちゃんに心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。


      「ペーニャを終えて」      水曜中級クラス  松崎圭代

 まず最初に、ご来場いただいた皆様、キャストの方々、ご指導下さった先生・先輩方、
そして全ての関係者の皆様に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
特にとりえも無く日々ひっそりと生活を送っている自分が、
一瞬とはいえ大勢の前でスポットを浴びるというのはすごいことです。
それが許されるなんて。
しかも時々「カッコイイ!」「いい女♪」なんて声(ハレオ)もかけられ、最後に拍手もあるなんて。
前世でよっぽど善行を積んだのかしら、というのは冗談で、こんなにも気分のいい時間をいただけることに、
ただただ感謝の気持ちで一杯です。

 本番が近づくと、私は何故かこうした感謝の気持ちがフツフツと沸いてきます。
そして妙に感激屋さんになり、一人スタジオで感極まったりします。
今回踊った「タンゴ・デ・マラガ」なんて、曲の始まりが哀愁を帯びたファルセータでしたから、
ギターが鳴った瞬間から号泣しそうな勢いでした。
でも、一番悲しいのは、そうした己のダイナミックな感情のウネリを表現する技術を持ち合わせていないことです。
盛り上がる一方の心の叫びを抱えつつ
テクニックの無さを冷静に受け止めるのは、なかなかつらい作業です。
本番は迫るのにタコンが入らないとかコントラがひっくり返るとか、皆さん経験ありませんか?
越えなくてはならない山が谷が、限られた時間の中で私の前に立ちはだかります。
 
  そうした「どうする?私」の局面を迎えると、ふと、初めての発表会の前に先生に言われたことを思い出します。
「万人を魅了するテクニックなんて持ってない、それなら観客に何を観せるの?
フラメンコが大好き、だから踊っていて楽しい、という気持ちが伝われば、
観ている人はとても楽しい気持ちになるとは思わないか?だから、本番で持てる力を全部出し、
楽しめるように一生懸命お稽古しなさい!本当にあんたたちは・・・(以下略)」
という話なのですが、その場面は数年経った今でも鮮明に覚えています。

 先生のおっしゃった「本番を楽しむ」というのは、非常に難しいことだと私は思います。
急に真面目なテーマを展開して分かり辛い表現になっていますが、
要は、先生のお話を思い出してみると、
悔いが残らないほど練習をしてきた者にのみ本番を楽しむチャンスがある、
ということなのかなぁ、と思ったということです。
 ずいぶん前に、あるオリンピック選手が「オリンピックを楽しみたい」と発言して物議をかもしたことがあります。
その選手がどういう意図で発言したのかまでは記憶にないので、本来の意味とはズレているかもしれませんが、
「オリンピックの代表になれるまでの努力をしてきたのだから、
本番で何があっても納得できるし悔いは残らないはず。 だから楽しめる」ということかな、と私は解釈しています。
努力をした者が必ずしも成功するとは限らない、
しかし、成功した者は必ず努力をしている、という格言もありますが、
本当に楽しめるかは別にして、楽しめる状態に持っていくには事前の準備としての努力が不可欠、
という考え方です。

  今回は練習に取り組みながら、この「楽しむ」を考えてきました。
本番終了後は、楽しさを感じるより先に反省してしまったせいか、そこに至るまでの道のりを思うと弱気になりますし、
そもそも「楽しむ」とは一体何なのか、正体は謎のままです。
今のところは自分の中で漠然としたイメージでしかありません。
これからも本番が終わるたびに、自分はどれだけ楽しめただろうか、と考え続けるだろうと思います。

 気がつけば中級クラスになっていました。
課題は増えるばかりですが、レッスンを受け続けられる環境やこうした発表の場を与えていただけることに深く感謝し、
フラメンコの楽しさを追求していきたいと思っています。
ありがとうございました


     「ティエントス」     佐藤尚子

 ペーニャというあたたかい空間で「ティエントス」を踊ることができて、とても
幸せでした!
機会を与え導いて下さった先生、そして支えて下さった方々への感謝の気持ち
これからもずっと忘れません。本当にありがとうございました!!

2年前、はじめてティエントスを習った時、それまで踊ったヌーメロの振り付け
とは違って、流れがすごくゆっくりで、しなやかで、間が沢山あって、いくら練
習しても形にならないし、間が埋まらないし…こんなのいつまで経ってもちゃん
と踊れるようにならないじゃないかと、壁にぶちあたってしまった感覚を覚えて
います。そして壁は・・・高かった。でも結構負けず嫌いな性格(^_^;)なの
で、諦めず、レッスンで先生の身体の使い方や口三味線で踊る雰囲気をよく見
て、先生がおっしゃった言葉を大事にして、そしてティエントスのCDを沢山聴い
て、繰り返し練習しているうちに、いつの間にかこのヌーメロに惹かれていきま
した。一人で練習してても、自然にテンションがあがり、もっとこうしたいとい
う意思もでてきました。

先輩方と一緒のクラスでティエントスを習う機会があったのも私にとってすごく
貴重でした!今でもレッスンの時の情景が鮮明に思い出せます。

先生からはレッスンやエンサージョで沢山のことを教えて頂きました。まだ消化
しきれてないこともありますが、心と身体に刻んでおかなくてはです!
そして今回ティエントスを練習する中でいつも頭から離れなかったのは「上手く
踊ろうと思わないこと!」という先生の言葉です。ティエントスは、綺麗に踊ろ
うとするのではなく「感じて」動く。自分の内面から湧き上がる気持ちをのせて
踊れるようになりたいと思いました。(これは私には、さらに高い壁ですが。)

本番は細かいことはあまり覚えてなんですが(ぐちゃぐちゃだったような
^^;)でもティエントスを感じて心が騒ぎ身体が動き、熱い気持ちで精一杯踊
り切れたことが、とても嬉しいです。

今は一つの目標が終って空っぽ状態ですが、
もう少しするとまた舞台に立ちたい!と思うんだろうなぁ。
大変な事も多いのにどうしてかなぁと考えますが、踊る喜び、やり遂げた時の達
成感はもちろんですが、やっぱり精一杯やれば終わった後にいつも新たな課題
(次にまたもっと成長できる機会)を与えてもらえるからなんだと思います。そ
して機会を重ねる毎に、技術やテクニックじゃなく内面の未熟さを思
い知らされます。(勿論、技術的な課題も沢山ありますが(^_^;))
でもそれに向き合わないと次がないから、しっかり受け止めて、これからも頑張
りたいです!

ティエントスはこれからもっと色々な経験をし、自分の中に想いを溜めて、そし
てまたリベンジしたいです。


 

 

Chizuko Otsuka Flamenco Academia All Right Reserved